学院の歴史
- 蒔かれた種(1886年〜1922年)
1886年、中国での医療伝道を終えた南メソジスト教会牧師J・W・ランバスは、息子のW・R・ランバス夫妻の働きを助けるために日本に派遣されました。J・W・ランバスは南美以美神戸教会(現在の神戸栄光教会)を創設し、神戸を拠点に宣教と牧会に力を注ぎました。そして自宅を開放した読書館は、キリスト教を学び、英語の習得を志す多くの若者が集まるようになり、パルモア学院として建学されました。(「パルモア」とはこの読書館へ、長年書物と100ドルを送りつづけれたミズリー州スプリングフィールドのW・B・パルモアの名からつけられています。)その後J・W・ランバスは広島女学院の創設に大きく関わり、W・R・ランバスは男子の学校として関西学院を創設しました。またJ・W・ランバスの妻メアリーは二人の活躍を支えながら自らも聖和大学(現在は関西学院と合併)の創設に関わりました。
- 黎明期(1923年〜1940年)
男子校であったパルモア学院に1914年始めての女子生徒が入学して以来、女子の入学希望者が殺到しました。このため南メソジスト教会伝道局婦人部へ日本での女子の学校設立の積極的な働きかけがなされるようになります。やがて婦人のための学校をつくる計画がメソジスト教会の年会でも可決され、パルモア学院から女子の学校が独立する形で計画が進みました。ついに1923年C.G.ハランド先生を初代院長としてパルモア学院女子部の名前で実現したのです。
そして2年後の1925年、パルモア女子英学院(Palmore
Women's English Institute)と名称を変更、名実共に独立した学校となりました。
しかし日本の軍国主義化が進む中、校名変更を余儀なくされ、1940年校名を「啓明女学院」と改称します。新しい校名の「啓明」とは明けの明星、金星を意味し、学院とここで学ぶ生徒一人ひとりが薄明の中に輝く星のように「この世の光(マタイ5:14)」なってほしいとの願いが込められています。そしてこの年より院長はハランド先生から窪田学蔵先生に引き継がれ、1941年ハランド先生は神戸港より帰国の途につきました。
- 戦時苦難時代(1941年〜1946年)
校名変更以来、日本の軍国化はさらに進み、ハランド先生のみならず、当時教鞭を執っていた外国人教師たちも次々と帰国していくこととなりました。また、学院の設立団体であったメソジスト教会も1940年に創立された教派合同の「日本キリスト教団」に所属することとなり、必然的に外国ミッションとの関係は断ち切られることとなってしまいました。
米国ミッションの援助から独立し、自給経営を余儀なくされてきましたが、その道は多難を極めました。さらに1941年米国との開戦に伴い、教職員・生徒らの生活も苦難を増していきました。とりわけ1945年3月16日の神戸空襲、6月5日の神戸大空襲による学院生徒・家族への被害は甚大なものがありました。
- 新制期・南北校舎時代(1947年〜1982年)
空襲により焼け野原になった神戸の街にあって、奇跡的にも創立以来の旧校舎は無事残りました。1947年新憲法のもと教育基本法が成立し、新学制のもと本校も新制中学を開設、続く1948年には新制高等学校の認可を得ることとなり、戦後体制の下、学院は新しいスタートを切ることこととなりました。
1961年になると戦後ベビーブームの波が押し寄せ、本校も中山手の校舎だけでは手狭になったため阪急三宮駅近くに校舎を増設し、南北に分かれた校舎を持つに至りました。この時、啓明女学院は中学生461名、高校生554名、合計1015名と在校生1000人を超える学校となってゆきました。
- 新校舎移転(1983年〜2001年)

創立60周年を迎える1983年、三宮を離れ神戸市須磨区横尾へ移転を行い、現在に至ります。新校舎設計は一粒社ヴォーリス建築設計事務所により、旧校舎以来の面影を色濃く残すスパニッシュスタイルのものとなりました。(この新校舎はこの年、神戸市設計大賞を受賞しました。)現在緑深い横尾山のふもとに建てられたこの新校舎は、新しい須磨区のシンボルのひとつとなりました。地元神戸に甚大な被害をもたらした1995年の阪神・淡路大震災では校舎は若干の被害を受けるに留まりましたが、在校生一人の犠牲者を出したことは今なお大きな悲しみであります。
1998年には関西学院・広島女学院・聖和大学/短大・パルモア学院とランバス関係学校は協定を結び、5校は提携校となりました。特に関西学院には今までにもまして多くの卒業生が進学するようになり、ますますその結びつきは強いものとなっていきました。
- 啓明学院へ(2002年〜)
2002年、関西学院大学まで中・高・大十年一貫教育を行なう共学の「啓明学院中学校」が発足しました。そして2005年には「啓明学院高等学校」がスタートしました。多難な時代をのりこえ今日の発展に至るには、神様の支えと導きとともに、多くの先輩達の祈りや働きがあったことをおぼえて、感謝の気持ちを持ち続けて行きたいものです。