KEIMEI GAKUIN TOPICS BLOG

校長コラム

生きた聖書の言葉を土台として、希望と勇気を持って生きよう 高校礼拝でのメッセージ

2023年7月5日

5月末、シンガポール、マレーシア、インドネシアの3カ国を訪問し、それぞれの国で塾や日本人学校の先生方と会ったり、学校説明会を行ったりしてきました。すでにコロナ禍の影響はどの国も見られず、中心街は非常に賑やかで、経済も活況な様子が見られました。シンガポールのオーチャード通り辺りはもちろん、マレーシアも都心はビックリするほど近代的で、高級ブランドのお店が驚くほどたくさん並んでいました。

 

忙しい日程だったのですが、唯一、インドネシアでは現地の夕食を友人とともにすることができました。幼なじみがバリ島に住んでいて、僕がインドネシア、ジャカルタに行くよ、という連絡をしたら、連れ合いの方とジャワ島まで来てくれて、同じホテルに泊まるまで手配してくれたのです。嬉しかったですね。

 

ジャカルタには飛行機で来てくれたのですが、彼はバリ島に本社を置く航空会社のパイロットをしているので、社内便で来てくれたそうです。彼のお連れ合いは西チモール出身のインドネシア人の方です。ムスリムがほとんどのインドネシアで、西チモールはキリスト教の割合が少し高く、彼女は熱心なクリスチャンでした。もちろん私の幼なじみもクリスチャンです。

 

最終日の夜、僕と一緒に行った八木先生、アテンドの方、友人夫婦とお連れ合いの友達の女性と6人で、屋台で晩ご飯を食べました。もちろんインドネシアはイスラム国なので、少し甘めのジュースを飲みながらサテなどを食べ、ワイワイと楽しい時間を過ごしました。

 

ただ、路上にテーブルを並べた屋台なので、周りをたくさんの人が通っていくのですが、しばしば物売りの人たちがやってきます。20冊以上の英語の本を手に抱えて売りに来る人や、小さい子にお金を入れる袋を持たせて歌を歌いに来る人もいました。10歳に満たない子供達もお菓子や色々なものを売りに来るのです。友人夫婦はこれがインドネシアなんだ、と言いながら、時々ウェットティッシュとかお菓子とかを買ってあげていました。

 

先ほど、この友人はパイロットと言いましたね。今日は彼について紹介したいと思います。

 

彼も関学生でしたが、4年で卒業するときに、どうしても航空関連の仕事がしたい、空港の掃除する人でもいいから、その航空業界に関わっていたいと思い、大学卒業時に航空大学校の進学を志した男なのです。

 

知っている人も多いと思いますが、航空大学校に合格するのは難しいようで、最近は10倍を超える競争倍率です。彼は、合格するまで頑張ろうと、給料のいい、長距離トラックの運転手をして入学金をためながら、受験準備に励んだのですが、なかなか合格することができませんでした。3年間そのような生活をした後、航空自衛隊の幹部候補生学校に入ることを決めました。そしてそこで飛行技術を学び、プロペラ機で飛ぶようになったのです。

 

しかし航空自衛隊に入っても、プロペラ機から次のジェット戦闘機の操縦士となるには、また狭き門らしく、彼の道はそこで閉ざされてしまうのです。候補生から除外されることを、ある日の訓練後に突然言われて、茫然自失したという話は、聞いていて本当に辛いものでした。その後、しばらくそこで働いたのですが、パイロットの夢をどうしても諦めきれなかった彼は、自衛隊をやめて、フィリピンで操縦免許を取って、長い時間をかけて粘りに粘ってインドネシアのある航空会社になんとか雇ってもらって、ようやくパイロットになったという苦労人なのです。

 

しかもコロナが流行りだして航空業界がピンチになったときに、真っ先に首を切られたのは外国人パイロットだったそうです。彼は、自分が最初に解雇された、と言っていました。仕事がなくなった他の同僚は皆、自分の国に帰っていったらしいのですが、彼はお連れ合いがインドネシア人でもあるし、ジャカルタに家もあるので、そこに住み続けることを選びました。あまりに暇なので、地元の若者たちが集まって作っているサッカーチームに入れてもらって、一緒にプレーするようになり、そこでの活動をYouTubeに動画をあげて、ちょっと日銭を稼ごうとしていました。即席のYouTuberになったのですね。日本にいる僕らは、そんな彼の様子を知って、とても心配していました。一方で、彼の心底楽しそうな様子を見て、心が癒やされることもありました。

 

彼の参加したサッカーチームの仲間は、ほとんどが土木や工場で働く若者だったので、今でも1か月働いて5,000円ほどにしかならないこと、屋台を回って物売りをしなければならない側の人たちの現状のことなどをこの間、いやというほど身近にしたそうです。そういった経験も彼の人生の中では大きな意味を与えるものだったのでしょう。

 

結局、彼はコロナ禍にあってもインドネシアに残り続けたことから、今勤めている会社に声をかけてもらい、パイロットに復職し、会社のあるバリ島で暮らしています。それでもまだ機長ではないので、今の目標はインドネシアの航空会社での日本人初の機長になることだそうです。

 

波乱万丈の彼のこれまでの歩みは本当に面白い。いったい、いくつの人生を生きてきたんだ、と思うようなものです。困難な時もクリスチャンの彼を支え続けたのは信仰でした。彼はいつも祈り、謙虚に、でも希望を捨てずに夢に向かう人でした。信仰を同じくする、よい人と巡り合ったこともよかったと思います。

 

その信仰の土台は何かというと、もちろんそれは聖書の言葉です。その言葉は人を生かし、励まし、希望を与え、人をつなぐ、ということが彼の人生から証されています。

 

少し話は変わりますが、去年の秋からOpen AIのChat GPTに始まって、生成AIの進化は加速度的に進んでいます。画像、テキスト、動画、音声、あらゆるものが生成AIを使って高速に作り出される時代に入ったのです。啓明でも、先生たちにもまずは使ってみるように声をかけています。練習問題を作ったり、保護者あてのお便りなんか、すぐにできるし、校長挨拶なんて全部作ってくれます。でも使ってみると、弱点も見えてくるので、そのままは当然使えないことが分かってきます。

 

生成AIは、膨大なネット世界のデータからディープラーニングアルゴリズムなどを使って、指示されたことをアウトプットします。すごい発明です。教育ではどのように使うべきなのか、もうじき文科省が方針を出すようですが、便利すぎるがゆえに、使い方によっては学習の機会を奪いかねないものです。気軽に使っていると、まったく力がつかないことは目に見えています。

 

便利なものがどんどん発明されているからこそ、高校生のうちに学習の基礎基本を身に付けておくことが大切になっています。官邸主導で進んでいる統合戦略イノベーション会議では、高校生がこれからの時代を作っていく側に立つためには、数学でいうと確率、統計、線形代数は習得しておくこと、と提言されています。線形代数は微積ですね。これからの時代に必要な学びもまた明確になっていると言えるのではないでしょうか。

 

先端技術がどんどん発展する中で、便利なものを嬉しがって使い、楽をしようしていると、アッという間に搾取される、消費しかできない側に立たされるということが現実化しています。だからこそ、啓明の皆には今の学び、これからの自分をしっかり作っていく学びをきちんとものにしていってほしいと願っています。それは日々の授業、一コマ、一コマを大切にするということからしか生まれません。

 

そういった時代にあることは承知の上で、日々礼拝などを通して語られる聖書の言葉が、これまでもそうであったように、これからも、そしてみんな一人一人にも、人生の本質をどうとらえるかということの土台となり、人を生かし、励まし、希望を与え、人をつなぐものであり続けるのは揺るがないことを共有しておきたいと思います。聖書の言葉とは、生きた言葉です。それはアルゴリズムで繋げられた、造られた言葉ではありません。

 

そして今日、友人のことを通して話したかったことの一つは、神様が必ず共にいてくださる、神様がいつも守ってくださる、という強い信念は、逆境にあっても希望を持って生きる本当の力となり得る、という事実であり、それは私たち一人一人にとってもそうだという事です。そしてその土台は聖書の言葉であり、聖書の言葉の力は思っている以上に、私たちの心の深いところに励ましと勇気、そして希望を与えてくれるということです。

 

インドネシアでの最終日の朝、チェックアウトのためにホテルで片づけをしていると、僕の部屋を友人が訪ねて、お別れの挨拶をしました。早朝からジャカルタのランニングチームの仲間と走ってきたとかで、彼は汗だくだくでしたが。それでも最後に、会えたことの感謝や道中の安全、そして啓明のみんなのことも一緒に祈ってくれました。それはとても幸せな瞬間でした。そんな気持ちを与えてくれたものも生きた祈りの言葉なんですね。そのような時間を通して、今日の聖句に示されている「ことばの内に命があった。命は人間を照らす光であった。」ということを実感したことを、最後に伝えておきたいと思います。

 

指宿 力