高校卒業式 式辞

243名の卒業生の皆さん、ご卒業本当におめでとうございます。

そして保護者の皆様、本日は誠におめでとうございます。今日という日まで、お子様の成長を信じ、支え続けてこられたことに敬意を表しますとともに、これまでの多大なるご支援と励ましに、深く感謝申し上げます。

その歩みは、決して平坦なものばかりではなかったはずです。成績や進路に悩み、進むべき道が見えず、もがいていた人もいました。また、遠距離の道のりをひたむきに通い続けた人もいます。一方で、若さゆえの甘えからか、しょっちゅう怒られていた人がいれば、私たち教師が襟を正したくなるほど、真摯に、気高く自らを律して歩みを進めた人もいます。一人ひとり、その歩みの形は異なります。しかし、共に歩んだ教職員の支えも含め、その苦労や葛藤、喜びのすべてが、今の自分という「かけがえのない存在」を形作る大切な一部となっていることと思います。ご家族の皆様にとっても、今日までの毎日を思い返すと色々な思い出がよみがえり、胸がいっぱいになるものではないでしょうか。それぞれの家庭が歩んでこられた道のりを経た今日の喜びを、今この場所で分かち合えることを、私たち教職員一同も心から幸せに感じています。本当にありがとうございました。

卒業生の皆さんの歩んだこの数年間には、実に多くの出来事がありました。先日の卒業礼拝において辻院長が振り返られたように、本当に激動の時代に中高時代を送りました。私からは、皆さんが最高学年となった今年度、大きな話題を呼んだ、一つの物語を引用して、これからの人生に贈る言葉としたいと思います。それは、映画『国宝』です。

実写映画として空前の興行収入を記録したこの作品を、私も先日、映画館で観てまいりました。華やかな歌舞伎という伝統の世界で、芸の頂点を目指す者たちの壮絶な生き様を描いた物語です。映画館の大きなスクリーンに映し出される歌舞伎の舞台は、まさに圧倒的な「光」に満ちていました。美しい衣装、洗練された所作、観客を魅了する迫力。随所に歌舞伎の魅力が輝いていました。しかし、この映画が真に描こうとしていたのは、その輝かしい光の裏側に、深く、重く刻まれた「影」の物語だと私は感じています。

物語の主人公たちは、決して生まれながらの「強い人」ではありませんでした。むしろ、自らの出自への不安、才能への疑念、親友への激しい嫉妬、逃れることのできない宿命、そして何よりも自分の弱さに苦しみ、その影に押しつぶされそうになりながらも、一歩、また一歩と這い上がっていく。そんな泥臭い「人間」の姿が、そこに描かれていました。

努力は、必ずしもすぐに報われるわけではありませんし、大切に積み上げてきたものが、一瞬の過ちや不運で、もろくも崩れ去ることがあります。自分の価値を見失い、すべてから逃げ出したくなる夜もあるでしょう。この映画が、世代を超えて多くの人々の心を捉えて離さない理由は、そうした「影の時間」や「どん底の瞬間」を、単なる不幸としてではなく、人生において不可欠な、そして等しく価値のある一部として描いていたからではないでしょうか。主人公が舞台を追われ、小さな営業先で馬鹿にされ、愚弄され、その屈辱の果てに、独り屋上で舞うシーンがあります。あの孤独な舞いが、私の心から離れません。しかし、絶望の淵に立たされても、彼らを再び舞台へと押し上げるのは、自分が信じた道への情熱と、そこから立ち直る力――すなわち「レジリエンス(回復力)」でした。

皆さんのこれからの歩みにおいても、当然ながら順風満帆とはいかないことが起こります。病に襲われたり、大切な人との別れがあったり、仕事でうまくいかなかったり、時には心ない誰かに貶められることもあるかもしれません。その時に必要となるのが、この「レジリエンス」です。ただこのレジリエンスを、どうしたら自らの内に持つことが出来るのでしょうか。

そのヒントが、2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業生に贈った、あの有名なメッセージの中にあります。スピーチの中で、ジョブズはまず、自身の生い立ちについて語ります。

彼の実の母親は、未婚の大学院生として彼を身ごもったため、出産前から養子に出すことを決めていました。その後のマッチングの結果、彼を引き取ったのは、大学教育を受けていない労働者階級の夫婦でした。実の母親は「必ず大学に進学させること」を条件としていたため、養父母となったその夫婦は、自分たちの貯えをすべてジョブズの大学の授業料に充て、約束を果たしました。
しかし彼は大学での学びに意味を見いだせず、中退してしまいます。 その姿は、一見すれば親をもがっかりさせる「落伍者」でした。

中退後、自由になった時間を使って彼が没頭して学んだものがカリグラフィーでした。カリグラフィーとは、読むためだけでなく、「見て美しい」文字を作るための書き方です。デザイン化された手書きの英文字を書くことに夢中になって取り組んだそうです。ジョブズは、その学びが、10年後にマッキントッシュを開発する際、世界で初めての美しいフォントを持つコンピュータを生み出す力になったと語ります。そのフォントも含めてマッキントッシュは今に至る評価を受けていくのです。中退という挫折の「点」が、後の成功という「点」に繋がったのです。

ジョブズはこう言います。「未来に向かって点と点を繋げることはできない。できるのは、後から過去を振り返って繋げることだけだ。だから、今打っている点が、将来のどこかで繋がると信じなければならない」と。そして彼らの立ち上げたAppleは世界中の誰もが知る巨大な企業になっていきます。

しかし、ジョブズには自らが立ち上げたAppleを追放される日が来ます。会社がうまく回るようにと雇った人たちとビジョンが合わなくなり、彼は追い出されてしまったのです。ジョブズは絶望に打ちのめされてしまいます。せっかく渡されかけていたバトンを落としてしまった。もう逃げたいと。

そこで彼は自分と対話します。自分が本当に好きなこと、やりたいことは何か。
それはやはりAppleでやっていたことであり、再び一から始めようと仲間を集め、動き始めます。 それがNextであり、Pixarだったのです。当時、鳴かず飛ばずのPixarはジョブズの下で成長し、トイ・ストーリーなどコンピューターグラフィックを用いた作品を世に送り出しました。
Nextは成長を続け、10年後、低迷期に入っていたAppleがその会社を買収します。ジョブズ自身もAppleに復帰し、やがて正式なCEOに復帰したのです。後になってから分かる、それまでの苦難や失意からの見事な復活劇です。

ジョブズは言います。「You have to trust in something.(何かを信じなさい)」。彼にとってのレジリエンスの源は、自分が好きなことへの情熱であり、それを信じる力だったのです。では、本校で学んだ皆さんにとって、レジリエンスの源となる、共有できる「信じる力」とは何でしょうか。

私が大切にしている聖書の言葉があります。それはコリント書の「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は、弱さの中でこそ十分に発揮されるからである」という箇所です。よく礼拝でも読まれていました。これは「頑張らなくていい」という甘えの言葉ではありません。弱さを抱えたまま、それでも生きていく現実を、静かに、しかし力強く肯定する言葉です。弱さを隠したり否定したりするのではなく、弱さを抱えた人間こそが、支えられ、用いられる存在なのだという究極の希望を示す箇所だと思っています。

映画『国宝』の主人公も、弱さを克服したから進めたのではありません。弱さを抱えたまま、それでも立ち続けたからこそ、その芸に深みが生まれました。ジョブズもまた、挫折や不完全さを抱えたまま人生と向き合い続けました。弱さを知る人間だけが、真のレジリエンスを持つことができるのです。

卒業生の皆さん。これから皆さんは、どんどん進化し、変化する社会の中で「結果」や「スピード」を求められ、うまくいかないときに自分の中にある弱さに直面することもあるでしょう。「駄目なやつだ」と自分を責めることもあるかもしれません。

でも、どうか覚えていてください。今、目の前にある苦しみは、まだ「点」に過ぎません。その点が、いつ、どこで、どんな素晴らしい未来に繋がるのか、今はわからなくてもいいのです。ただ、「将来必ず繋がるのだ」と信じてください。

そして、その信じる力を与えてくれるのが毎日の学校生活の中にあった「祈り」です。祈りは、自分自身の心の奥底にある本心を映し出す鏡です。自分は何者なのか。本当の自分は何を欲している人間なのか。本当の祈りとは自分の本心と向き合うことを見逃してくれないのです。
祈りは、孤独な時に「あなたは一人ではない」と告げる温かな手です。
祈りは、絶望をも「次のステップへの準備」へと変える、レジリエンスの源泉です。

自らの不安を率直に神様に伝えること。
家族への感謝を、仲間の幸せを、素直に求めること。
そうした本気の祈りは、必ずや皆さんを正しい行動へといざない、目に見えない大きな存在からの励ましを届けてくれます。

祈りを知る皆さんは、どんな困難にあっても、決して折れることはありません。この祈りこそ、啓明生皆が共有するレジリエンスへの力の源となり得るのです。

そして皆さん自身も誰かの弱さを、見下すことなく、寄り添い、励ます人であって欲しい。そうした啓明の卒業生一人ひとりの歩みが、やがて誰かの希望になることを、私は信じています。

何より、不器用であっても、皆さんの誠実な歩みこそが、『神の国の宝』となることを信じてやみません。

大丈夫。くじけた時には、いつでもこの母校に帰っていらっしゃい。先生方を訪ね、この学び舎の空気を吸い、チャペルにでも行って、もう一度祈りの中で自分を見つめ直せばいい。そこからまた、新しい力が湧いてくるはずです。

いよいよ旅立ちの時です。今の点が、未来の光に繋がることに確信を持って、どんな時も雄々しく、前を向いて歩んでいきましょう。

最後に、ジョブズが残した、あの言葉を贈り、私の式辞を閉じたいと思います。それは“Stay Hungry. Stay Foolish.”という言葉ですが、直訳で「ハングリーであれ。愚か者であれ。」と訳すよりも、ここは次のように訳したい。

Stay Hungry 簡単に満足するな。

Stay Foolish 馬鹿げた挑戦者と思われようとも、挑み続けろ。

そういう意味で “Stay Hungry. Stay Foolish.”

心から、皆さんの前途を祝福します。卒業、本当におめでとう。

 

2026年2月21日

指宿 力

 

 

 

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